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『へんなびょうき』

2014年07月25日 00:17

ずいぶんとご無沙汰してしまいました。
生存報告を兼ねまして、pixivの方でちょっと前に書いた短めのお話を再録。
ブログトップに常駐する男性機能回復の広告を、久々にオフにしてやろうかと存じます。

pigshadow.jpg

なかなかまとまった時間が取れませんが、
こつこつ描いてる絵やら、ちまちま書いてるお話もあるにはあるので、
細々と活動を続けていきたいなあと思っております。
気が向いたらまた覗きに来ていただければ幸いです。
「あれ、ちょっと感じ変わったね」
 笑顔を顔にはり付けて、シャッターを切りながらカメラマンが言う。
「え、そうですか?」
 ぱしゃん、ぱしゃんとストロボが光る。インポートブランドのオレンジ色のワンピースとバッグ、ミュールを身にまとい、様々にポーズを変える私の姿、その一瞬一瞬を切り取っていく。
「髪切った?」
 タモリの真似、というより「タモリの真似をしているコージー冨田の真似」をしてみせながら、カメラマンは手を休めない。
「切ってないですよ!」
 自分の表情がわずかにこわばる。パーマもかけてないし、染めてもいない。アレンジすらほとんど変えてない。
 そう。変わったのは多分、髪型なんかじゃないのだ。
    *
 私は先月、季節はずれの風邪をひいた。五限の英語で妙にだるいなと思って、下校途中にああこれ熱でてるなと確信した。帰って検温したら38度を越していた。翌日いちにち寝てたら夜にはすっかり元気になっていたけど、大事をとれと言われてもう一日休んだ。うちの親は――特にお父様は、仕事柄こういうことにはうるさい。
 あの日からだ。
 なんだか夕食がやけに美味しくて、いつもはしないお代わりをした。普段だったら自重するところだけど、病み上がりだから体力つけることも大事だろうと思って……実際、次の日には元気いっぱいで登校できたわけで、それは結構なことだったのだけど。不思議に食欲は増したままで、朝それなりにしっかり食べてきても、お昼を待たずにお腹が空いてくる。我慢できないことはないけど、大きな音で腹の虫が鳴くのは参った。別に「お嬢様キャラ」を守りたいわけじゃないけど、これは恥ずかしすぎる。
 仕方がないので休み時間に軽くお菓子をつまむことにした。なるべく繊維が多くてローファットなものを選んで、なるべく意識して身体を動かすように心がけて――これがまた逆効果だった。運動量を増やしたぶん、いやそれ以上に空腹感は増していって、ちょうど晩ご飯の頃にそれは最大値に達する。また「あれだけ頑張ってカロリー消費したんだから、ちょっとくらい多めに食べても大丈夫」などという、冷静になって考えればちっとも理にかなっていない囁きが、私の自制心を麻痺させた。
 結果、食べ過ぎる。胃袋のキャパシティ限界まで夢中で詰め込んで、ようやく我に返るのだ。こんなことではいけないと反省し、明日から引き締めようと決意して、そしてまた同じことを繰り返した。一度に食べられる量が、アスリートのタイムのように少しずつ更新されていくのをうっすら自覚しながら、翌日も、そのまた翌日も。
    *
 お風呂上がりにかならず乗っていた体重計と疎遠になって、どのくらい経っただろう。目を背けようと思えば、いくらでもごまかすことはできた。自分よりぽっちゃりした人なんて、街にもクラスにもテレビの中にも溢れているんだから……そんな考えがちらっとでも頭をよぎったこと自体、「その事実」のまぎれもない証拠だったのだけれど。
 そう。
 私は、太ったのだ。
    *
 鏡に映った、私。
 心なしかふっくらと丸みを帯びた輪郭。指で押してみるとふよふよと柔らかい。どちらかといえば気が強い方で、その勝ち気な印象が見た目にも出ていた――それはそれでどうかとも思ってたんだけど――私の顔は、ずいぶんと様相を変えていた。認めたくなかったけど、これが現実だ。着こなしやメイクでごまかすこともできるけど、それじゃ根本的な解決にはならない。
「うん」
 ぱん、と両手で頬をたたく。今度は本気で頑張ろう。明日から、なんてぬるいことはもう言わない。今この瞬間から、ダイエットをスタートさせるのだ。
「よし」
 決意を新たにした自分の顔が、鏡の中から私をにらみ返してくる。興奮したせいか、やや赤みを帯びていて、鼻息も荒い。せっかく心を入れ替えたのに、いまいちスマートじゃない――どちらかといえば滑稽な印象すら漂う風貌に、私はいよいよ危機感を強めた。私、いつの間にかこんなにみっともない顔になってたんだな。ただ体重が増えただけじゃなくて、怠惰な生活習慣は顔つきそのものにも出てくるらしい。
 でも、大丈夫。私は変わるのだから――うん?
 ふと、戸惑いを覚える。
 確かに私は太った。でも、それだけだろうか? ただ肉がついただけで、顔の印象ってこんなに変わるもの? 何かもっと別な、基本的な部分で……たとえばそう、鼻。
 私の鼻って、こんな形してたっけ? もうちょっとすっと通ってなかったっけ? 大きさもそうだし、なんていうかこう、前より心なしか上を向いてない?
「……はは、まさかね」
 笑い飛ばそうとしたその声まで、なんだか自分の声じゃないような気がした。
    *
 ひっかかった糸から連鎖的にほつれていくニットみたいに、いろんなことが妙に気になるようになった。気をぬくと猫背気味になっちゃうのは無意識に体型をカバーしようとしてる(逆効果だけど)のかもしれないし、腰というか尾骨のあたりが変に痛むのは体重が増えたせい。もちろん良いことじゃないけど、一生懸命ダイエットに励めば解決するはず……そう自分に言い聞かせようとしたんだけど、どうしても駄目だった。
 友達と話していても、視線や表情のひとつひとつに意味があるみたいな気がして疲れる。街を歩いている時に、どこかで笑い声が聞こえただけで、自分が笑われているように思えて、たまらず走り出してしまったこともある。びっくりするほどすぐに息が切れて、ますますみじめな気持ちになった。
 帰宅して、ストレスのはけ口になるのはやっぱり食べること。とてもじゃないけど、ダイエットなどと言っている場合ではなかった。幸か不幸か、うちの料理人が作ってくれるご飯はなかなか、いや、かなり美味しい。食べている間だけは、余計なことを考えずにすんだ。
 自分が、本格的にまずいスパイラルに入りかけているのは分かっていた。でも、どうすることもできなかった。
 あの日撮られた写真が載っているはずの雑誌が送られてくる。手にとって、ぱらりと開く。ページをめくっていくと、見覚えのあるオレンジ色のワンピースが目に飛び込んできた。それを身にまとっている女の、顔が。手が。足が。身体全体が――。
「いやぁあああっ!」
 絶叫とともに、目を覚ました。全身に、いやな汗をびっしょりとかいていた。あたりを見回して、自分が寝室にいること、今のがひどい悪夢だったことを把握する。
 だが、どこからが夢だったのだろう?
 パジャマをめくると、ぷよっと柔らかい肉の乗ったお腹がのぞいた。思わずため息がもれる。残念ながら、太ったことは現実らしい。それにしても、あの写真は――。
「あ、あれ?」
 記憶はぼやけていて、夢の中の自分がどんな姿で雑誌に載っていたのか、もう思い出すことはできなかった。
    *
 翌日、私は登校することができなかった。
 日ごとにきつくなってくる制服に袖を通すこと。人目を避けてトイレで間食をつまむこと。何も気にしていないふりをしてみんなと接すること。そういういろんなことが、もう限界だったのだ。「身体が重い」とかなんとか、なんだかまるで自虐みたいな言い訳をして、食事以外の時間はひたすら寝ていた。次の日も、また次の日も――私はまたひとつ、より深刻な悪循環に移行する。いったいどうしてこんなことになってしまったのか、ぶつけようのない怒りが、頭いっぱいにうずまいていた。
 私がドクターに呼び出されたのは、そうして学校に行かなくなってから1週間ほどが経った後のことだった。体調不良を口実にした時から予想はできていたし、お父様に強く促されては拒否するわけにもいかず、私はしぶしぶかかりつけの病院を訪れた。
「イベリコ・メイシャン症候群?」
 てっきり仮病を指摘されるのだろうと思っていた私にドクターが告げたのは、耳慣れない病名だった。
「ああ。おそらく間違いないだろう」
「そう……ですか」
 病気。
 そう聞かされてまず最初に私の心に浮かんだのは、奇妙な安心感だった。
 ここ数週間自分の身に起こっていたなんだかよく分からない現象の数々、そのモヤモヤの本体がようやく明らかになったのだ。サスペンスとかホラー映画なんかでもそうだけど、怖いのは犯人やモンスターの正体が分からない間だけで、いったん姿を現してしまえばどうということはない。あとはそれに向き合って、対処していけばいいだけなのだから。
「君は、芯の強い子だと聞いている。だから」
「はい。大丈夫です。どんなに大変な手術でも、投薬でも、入院でも、なんだってやりますから!」
 前のめりになってそう言いつのる私を制して、ドクターは頭をかいた。
「いや、そうじゃなくて……私が言おうとしたのは、受け止めてほしいということなんだよ」
「受け止める? 何をです」
「事実を」
 そういって、ドクターはデスクに置かれていたタブレット端末を手に取った。タップするとスリープ状態になっていた画面が明るくなって、一枚の画像が表示される。
「……?」
 それは、どうやら外国人とおぼしき老人のスナップ写真だった。どこかの農村だろうか、よく日に焼けた顔に人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「彼は、イベリコ・メイシャン症候群に罹患した人間として、最初に報告された男だ」
「この人が……?」
「ああ。この人物が不思議な症状に冒されていることに気付いたのは、村を訪れていた国際ボランティアの医師だった。彼の口利きで老人は都市部の大学病院を受診することになり、それまでは存在すら疑わしかった幻の奇病は、はじめて正式に”発見”されたわけだね」
 そう言いながらドクターが液晶をフリックすると、新たな画像があらわれた。
「そして、これがその80日後」
 ごくり、と唾を飲む。そこには、言われなければ同一人物とは分からないほどに変わり果てた老人が写っていた。どちらかといえば痩せ型だった体型はまるまると肥満し、顔の印象もまるで異なっていた。髭をそり、髪も短く刈り込んだこともあるのだろうが、鼻が大きく上向きに変形し、前方に突出している。写真撮影を拒むようにこちらに突き出した右手からは親指がほとんど消失し、人差し指と小指もひどく矮小化していた。極端な猫背と赤らんだ肌の色も手伝って、その姿はどうしても「ある家畜」を思い起こさせる。ぞくりと背筋が寒くなった。
「彼の協力によって研究は進みつつあるし、だからこそ君の症状からこの病気を特定することもできた。ただ……」
「ただ?」
「あ、いや……うん。見てもらった方が早いな」
 ドクターの指が再びタブレットの表面を滑り、三枚目の画像が現れる。
「……え?」
 画面に映し出されたものが何なのか、私にはしばらく理解できなかった。ええと、あれが目で、ということはあれが頭で、あれが胴体? ああ、いや、でも。思考の整理が追いつく前に、ドクターが口を開く。
「これが、今の彼だ」
「!」
 絶句。
 言われた瞬間、自分がその可能性を頭のどこかで予想していたことに気付いた。認識がそこに至らなかったのは、無意識にそれが裏切られることを望んでいたからに違いない。
 だって、そんな、馬鹿な。
 人が、人間の肉体がここまで変形してしまうなんて。
 そんなことがあるはずがない。あっていいわけがない。「同一人物とは思えない」なんてレベルじゃない。こんなの……もう、人間じゃないじゃないか。
「いや、正確には”今”ではないな。先週だ。もう立って歩くことはできないし、言葉をしゃべることもできない。代わりにできるのは四つんばいで歩くことと――”鳴く”ことだそうだ」
 ドクターもまた、つとめて静かな口調を保とうとしているのが分かった。それほどにその事実は重く、残酷で、恐ろしいものだった。画像の老人の気持ちや将来、それに人生――「人」として「生きる」ことが「人生」なら、もはやそう呼んでいいのかすらためらわれるけど――を思うと、胸がつぶれるような思いがした。
 私は思わず両手で顔を覆い、天を仰ぐ。どんな病気だって悲劇だけど、これはあまりにもひどすぎる。
「そう……ですか」
 驚愕。衝撃。そして憐憫。同情。次々に押し寄せる強い感情で、私の頭はパンク寸前だった。大きく深呼吸をして、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した私は、そこではじめて「その感覚」に気付いた。ちりちりっと、心の片隅が焼けるような感じ。それまでの動揺とはどこか異なる、もっと複雑で繊細な……たぶんそう、それは違和感。
 なにかが引っかかる。
 どこか気持ち悪い。
 変な汗がじわりと浮かんで、つうっとわき腹を滑り落ちていく。胸がやけにざわつく。必死でそれを押さえ込んで、私はその奥にあるものをのぞき込んでいく。
 あの気の毒なおじいさんの、あの姿。それが意味すること。それは? かわいそうとか、恐ろしいとか、ひどいとか、そういうことじゃなくて、もっと私が向き合わなくちゃいけないことが、そこにはあるんじゃないのか?
 彼が、ああなってしまった理由? いや違う、問題なのは「今の」彼が、あの姿を「している」こと……?
 はっと息を飲んだ私を見て、ドクターはうなずいた。
「もう一度言おう、受け止めてほしい」
「嫌、嫌です」
 私は反射的に叫んでいた。駄目、お願い、そんなこと言わないで! 私、頑張るから。どんなに大変な治療だって耐えてみせるから――!
「この病気に、まだ治療法はないんだ」
 喉の奥から「ひっ」と声が漏れた。大きなナイフでざっくり切り裂かれたような痛みが、胸に広がっていく。
 ああ、そうか。
 そうだ、考えるまでもないことだったんだ。病気の進行が止まることなく、行き着くところまで行ってしまった老人。それが過去ではなく、現状だという事実。それはすなわち、イベリコ・メイシャン症候群に蝕まれていく患者を
前にして、今の医学がまったく無力だということでしかないじゃないか。
 そして、それは同時に、今この病気に罹患してしまった人間は、彼のたどったプロセスをそのままたどって、いずれは同じ姿になってしまうことを意味している。
 もっと簡単に言ってしまえば、私はもうすぐ、人でなくなる。あと何ヶ月か知らないけど、あのおじいさんと同じように、獣の――怠惰の象徴のようなあの家畜の姿に、なってしまうのだ。
 ぽたぽたと膝に落ちる水滴の感覚で、私ははじめて自分が涙を流していることに気付いた。ぬぐっても、ぬぐっても、後から溢れだしてきて、止まらない。
「う、うぐっ……ふぐっ……」
 嗚咽や鼻をすする音にすら、どこかあの動物の「鳴き声」の気配がするように思えて、それがまた怖くて、たまらなく悲しくて、新たな涙が次々に湧き出してくる。
「誤解しないでほしいんだが、これはあくまで現段階の話だ。絶対に治らないと決まったわけじゃない。今この瞬間にだって研究は進んでいるし、及ばずながら僕も全力を尽くすつもりだ。だから、君もどうか希望を捨てずに――」
 慰めてくれているつもりらしいドクターの言葉が、私の耳を空しく素通りしていく。おじいさんだったあの生き物の大きな鼻が、両手両足に生えた蹄が、どう見ても尻尾にしか見えない突起が、網膜に焼き付いて離れない。なんというみっともない姿。なんというおぞましい身体。あんなの、誰がどう見たって――ああ、そうだ。
 その時、なぜか私は唐突に思い出した。以前、悪夢の中で見た、写真にうつった自分。
 それは、サイズの合わないワンピースを着せられ、涙目でひきつった笑顔を浮かべている、まるまると太った雌豚の姿だった。

 おしまい。

「ちょっと前」といっても、書いてたのは3月かそこらですからね。
あの頃はまだやってたんですね、笑っていいとも。
固有名詞出すと、あっという間に古びるなあ。

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