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獣化計画アナザー 悪夢の章 その2

2009年10月20日 00:12

悪夢の章、思ったより長くなってます。
ほんとは前後篇くらいで終わらせるつもりだったんだけどなあ。

※その1はこちらから。
※ちなみに、今回の話はT-rexの章を読んでないと
 よく分かんないかもしれません。
 未読の方はそちらも併せてどうぞ。

   ×   ×   ×

ひどい夢を見た、ような気がする。
それは忘れもしない、あの呪わしい渋谷の待ち合わせ。
顔を洗って、化粧して、服を選んで。
そのすべてが今のあたしには縁のない、
悩ましくも楽しい時間だった。

鉤爪のついた小さな両手に、
顔を洗うなんて器用な真似はとうてい無理だし、
ぱっくり裂けた口元に紅をひこうとしたら、
ルージュが何本あっても足りないだろう。
服なんて……ああ、考えるだけでも滑稽な話。
このざらざらの鱗に覆い尽くされた肌を
少しでも隠してくれる服があるなら、喜んで着ようと思うけど。

でも。

服なんて、人間が着るためのものだものね。
今のあたし……体長がそろそろ10メートルに達しようとする
ティラノサウルス・レックスの巨体にふさわしい衣類が、
あるはずがないのだ。

夢、か。
そりゃたしかに、これが夢だったならと願わない日はない。
毎朝……いや、窓のないこの檻の中で、
それを「朝」だと確かめる術はないのだけれど、
眠りから覚める瞬間、
目を開ける前にどれだけ祈っていることか。

すべては夢で。
そこは私の部屋で。
窓から朝日が射していて。
隣のバカ犬がわんわん吠えていて。
そしてあたしは、いけてないオフホワイトのパジャマを着た、
16歳の……人間の……少女で……あります、ように。

でも、そうやって具体的に想像すればするほど、
それが空しい祈りだってことがうんざりするほど分かってくる。
横たわってるコンクリートの床の冷たさとか、
露骨に感じる太い尻尾の感触とか、
部屋全体に、そしてあたし自身に染みついた、
屍肉の――餌の臭いとか。

そう、あたしの一日は溜め息で始まるのだ。

初めのうちは狂ったように暴れてみたり、
餌を拒んでみたりすることもあった。
でも、それが何の意味もないことは嫌でも分かってくる。
この「人類獣化計画」とかいうプロジェクトの意味とか目的は
いまだにちっとも見えてこないんだけど、
ひとつだけ、ものすごくシンプルではっきりしてるのは、
あいつらにはあたしを元に戻すつもりなんて
1ミリもないんだってこと。

だから、怒れば怒るほどみじめさが増すのを実感した後、
それに代わってあたしを支配したのは溜め息だった。

あたしにできたのは、できるだけ何も考えないようにして、
ただ自分と外界をシャットアウトすることだけ。
体重と体長が天井知らずに伸びていくこととか、
それにしたがって投げ込まれる肉塊の量が増していくこととか、
それをぺろりと平らげて、
なお空腹が満たされない自分の胃袋のことやなんか、
気にしないように、考えないように、悩まないように……

涙が流れているのは分かっていた。
それでも、そうするしかなかった。
そう、できているような気がしていた。
この鈍重な肉体にふさわしい、
傷つかない屈強な精神が身についてきていると、思っていた。

なのに。
なんだあの夢は。

あんなにありありと人間のあたしを……
しかも、あの日のあたしを目の当たりにしちゃったら
無理やり積み上げてきたあたしのガラスのバリアなんて、
ぱりんと砕けちゃうに決まってるじゃないか。

夢の中にいたのは、あの日のあたし。
その一方でそれを夢だと認識しているもう一人のあたしがいて。
あたしはあたしに向かって、必死で叫んでいた。

渋谷に行っちゃダメだ。
待ち合わせより早く着いたからといって、
ふらふら時間を潰そうとしちゃダメだ。
特にHMVの方角は、絶対にダメだ。
あいつに出会っちゃ――ダメだ。

どんなに声を枯らして訴えても、夢の中のあたしには届かない、
それが夢というもののお約束なのだろう。
だが、その夢は少しだけ趣が違っていた。
夢の中のもうひとりのあたしが時おり見せる、けげんな表情。
何か得体のしれない不安に駆られているような。
大切なことを思い出すかのような。

その様子を見ながら、あたしはいつしか理解していた。
そう、「彼女」は過去のあたしなんかじゃないのだということ。
それはどこか別の世界のあたし。
ありえたかもしれない、もう一つの世界のあたし。

恐竜の肉体に閉じ込められ、
涙と希望を凍りつかせたこのあたしの絶望が、
時間を、空間を、理屈を超えてたどり着いた、
はかなく滑稽な奇跡。

もちろんそれは、ただの幻なのかもしれない。
ただの夢なのかもしれない。
でも、それが何だというのだろう。
今のあたしの現実の方が、ずっとリアリティがない。
それこそ、悪夢以外の何者でもないじゃないか。

だから、あたしは叫ぶ。
たとえそのメッセージが直接届くことはなかったとしても、
その欠片でも「彼女」の心に迷い込んでくれることを願って。
このあたしとは違う未来が、その先に待っていることを祈って。

叫ぶ。
叫ぶ。
叫ぶ―――!

   ×   ×   ×

次回でなんとか終わらせたいんですが……できるかな?
頑張ります。

うみねこのなく頃にうみねこのなく頃に
(2008/08/29)
志方あきこ

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コメント

  1. ゴゴT。 | URL | Xj9pzKFI

    Re: 獣化計画アナザー 悪夢の章 中篇

    ループと言うよりパラレルワールドなネタでしたか。
    既に変化してしまった自分が、まだ変化する前の自分の視点を観測する・・・
    なるほど。これは変化前・変化後、両者ともに辛いものがあって素敵ですねーw

    恐竜以外にも様々なものに変化してしまった未来があるわけで
    無限に累積していく悲鳴と苦悩は最後にはどこに向かうのか・・・なんつったりして。

  2. | URL | -

    Re: 獣化計画アナザー 悪夢の章 中篇

    恐竜篇のその後ですね。
    変身した人の視点が感じられて、萌えました。
    最後はどうなるのか楽しみですね。

  3. greenback | URL | xB9R6Xc2

    Re: 獣化計画アナザー 悪夢の章 中篇

    お返事すっかり遅くなってすみません。

    〉ゴゴT。さん
    や、まあループみたいな感じで考えて頂いて結構ですよ。
    楽しようと思って文章を使いまわしてるうちに並行世界が
    溜まってきちゃったので、それで何かできないかという
    思いつきが今回のお話になってます。

    でも、やっぱ見切り発車は良くないですね。
    かなり反省してます。

    〉2009年10月21日 18:04コメント下さった方
    萌えたといって頂けると報われます。
    やっぱり変身後って大事ですよね!
    最後は……どうなるんでしょ、ほんとにw

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