へんなかがみ : 『中の人などいない』　中編

こんな身体で、何をどう楽しめって言うの？
思っていたんだけど、いざ撮影が始まってしまうと――悪くなかった。

スタッフの人たちはみんな優しかったし、有名な俳優さんや
アイドルの人たちを生で見るのも日常茶飯事。
それどころか、ちょっと憧れてたジャ○ーズの男の子から、
個人的に写真を頼まれたりもした。

一度わりきってしまえば、退屈な学校の生活に比べて
刺激がいっぱいのこの“タレント体験”が、つまんないわけがないのだ。
いや、それどころか――正直言って、ちょっと楽しかった。

さすがにご飯は、みんなと同じってわけにはいかなかったけど、
あたしには専用の特別メニューが用意されている。
こんな時じゃなきゃ、仔羊まるまる一頭とかマグロ一本を
「一食」として食べる機会なんてないしね。
血の滴るようなそれらがいちいち美味しいことにも、
最初は戸惑ってたけど、そのうち慣れた。

――なんたって、あたしは主演なんだから。

撮影は順調に進み、やがてクランクアップの日。
あたしにも、ちゃんと花束が用意されてたのにはびっくりした。
だって、この身体のサイズに見合う花束だよ？
すごい量なんだもん。
みんなで拍手して、記念撮影して、あはは、監督も嬉しそうだな。
あたしもこれで、この身体とおさらば……かと思ったら、
そうじゃないらしい。

「君はプロモーション活動が残ってるから。
まだまだ頑張ってもらわないと」

丸谷さんが、あたしの身体をデッキブラシでこすりながら言う。
がしがしと力を入れられると、固い皮膚の間に入りこんだ汚れが
流されていくみたいで、けっこう気持ちいい。
ここは、撮影所の片隅につくられたあたし専用の個室。
ここの暮らしにもだいぶなじんじゃったけど……
そうか、まだ続くんだ……

「ガう……」
「あれ、ヘコんでる？
ダメだよ、君はスターなんだから。
胸張って、堂々としててもらわないとね」

分かってる。
あたしは主演。
あたしはスター。
でも……家に、帰りたいな。
学校にも行きたい。
帰りにチカとマ○ドナルド行って、ダブチ食べて、カラオケ行って……
そうか、まだ、ダメなのか。

数日後から、プロモーション活動が始まった。
映画館をまわって手形を押したり、子供たちと写真を撮ったり、
雑誌の取材を受けたり、けっこう忙しい毎日。

当然、試写会にも呼ばれた。
でも、できあがった映画を観てたら、なんだか変な気持ちになった。
完成したのはもちろん嬉しい。
でも、そこに映ってるのは暴れ、叫び、壊し、殺し、
そして倒されていく「あたし」。
そして、「あたし」の死に歓声をあげる人間のみんな……

いいんだ。
あれは映画。
もうすぐなんだから。
もうすぐ終わる。
あと、もうちょっとで、全てが……

ストレスが溜まると、そのぶんお腹が空くことに気づいていた。
ただでさえありえない量の食事が、ますます多くなっていく。
――身体を維持するだけでおそろしくカロリーを使うらしく、
ちっとも太らないことだけが唯一の救いだった。

「わ、すごいすごい、本当に生きてます！
これ触っても平気なんですか、へんな病気とか持ってないですよね？
それじゃ失礼して……うわ～ざらざら。
大根がおろせそうです！」

その日取材にやってきたのは、かわいくて元気な女子アナさん。
ずいぶん楽しそうだね。
悪気がないのは分かってるけど、あたし、これでも女の子なんだよ？
そりゃ、あなたほどじゃなかったかもしれないけど、
一応それなりにモテたりもした、花の女子高生をつかまえて、
それはちょっと……ないんじゃないのかな？
――と、言いたかった。

言えなかった。

さらさらの髪からふわっと匂うブランド物の香水、
くるくるよく動く丸い目、
つるんとした白い肌に細い手足……
彼女を見ていたら、なんだか、すごく、疲れた。

もう――限界だった。

　　　×　　　×　　　×

続いちゃってスイマセン。
次回こそ終わります。　→次へ

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