へんなかがみ : 段腹海岸

地元に伝わる……都市伝説っていうにはちょっと田舎だなあ。
とにかくまあ、噂みたいなもんがあってさ。
いやまあ、ベタな話なんだけど。
昔、この浜で男に愛を告白して、壮絶に振られた女がいたんだと。
心に深い傷を負った彼女は、
そのまままっすぐ海に向かって歩いていって、命を絶った。
気の毒にねえ。
で、まあその振られた理由ってのがさ。

太ってたからなんだそうだ。

ひでえよな。
人間の価値は体重で量れるもんじゃねえだろうって話だよ。
とにかく、彼女はそうやって若い命を散らした。
皮肉な話だけど、何日かして上がった遺体は、
水を吸って一段と膨らんでたそうだよ。

うーん、そうだな、ちょっとそのまま動くなよ。
こうして、こうして、よいしょっと……うん、だいたいこの位かな。
え、何してんのって？
ああ、自分じゃ見えないわな。
ちょっとお前の上に砂を盛って、
『彼女』の体型を再現してみたんだけど。
なんだよ、そんな怒ることねえだろ。

まあそんなわけで、この浜には彼女の怨念がしみついてるわけ。
特に若くてきれいで、スレンダーな女の子なんかが来た日にゃ、
『彼女』の格好のエモノになっちゃうんだって。
いや、もちろん取って食われるわけじゃないけどさ。
ふふふ、さあ、どんなことされちゃうんだろうなあ。

はは、本気にした？
まあ冗談半分で聞いてたって、良い気持ちのする話じゃねえやな。
でもさ、『彼女』の気持ちも分かんなくはないっていうか。
好きな人に振られるのは辛いもんだよな。

……とぼけんなよ。

知ってんだよ俺、見たんだから。
お前、浮気してるだろ。
浮気じゃないっていうのは何だ、本気ってことか？
お前、俺のこと、捨てる気なんだろ。
わめくんじゃねえよ。
今さらごまかしたってしょうがねえだろ。

でもさ、あいつは駄目だよ。
お前のうわべしか見てないんだもん。
もしもお前がそんなんになったことを知ったら、
きっと見向きもしなくなるぜ。
え？
そんなんはそんなんだよ。
別にもったいぶってるわけじゃないぜ？
気になるんだったら起き上がって見てみればいいじゃん。
別に、そんなに深く埋まってるわけじゃないんだから。

だって、身体の上に薄く、砂をまぶしてあるだけだろう？

あは。
あはは、あはははは！
うわすげえ、ちょっと砂を払ったら、もう肉だよ。
ぱらぱら落ちる砂の下からほら、
正真正銘のお前の肉体が、ほらほら！
腕も、腿も、胸も、腹も！
みんなみんな、見事なくらい肉まみれ。
ああ、やっぱり『彼女』は、俺の味方になってくれたんだなあ。
全身を包む砂を脂身に変えて、
お前の身体と一体化させただけでも最高なのにさ。
気付いたら砂から出てる顔まで、みるみる膨らんでいくんだもん、
すげえよ、ほんとにすげえ。

まあ、そういうことだから。
俺も水に流すから、あいつとはもう終わりにするんだな。
そんなに泣くなって。
俺は女の価値を体重で決めるようなゲス野郎じゃないからさ。
愛してるぜ、これからもずっと。



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というわけで夏休みの怪談シリーズ第2弾でした。

イラストの女の子が文章で言ってるほど丸くないのは、
例によって先に描いてあった絵に無理やりお話をつけたため。
水死体を再現したら、肥満化というより膨体に近くなりますな。

海の事故ってほんとに怖いですからね。
もうそろそろシーズンも終わりだけど、
お出かけの際はくれぐれもちゃんとした海水浴場で、
じゅうぶん気をつけてお楽しみください。

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